揺らぐし惑う



書き上げたままどうしたものかと思っている間に2月になっていた。
時の流れに置いていかれそうだ。


年末年始懲りもせず散々な思いをした劇団の公演を観に行っていた。
色々と割りきれない気持ちもあったけど、初めて観たときからずっと大好きでずっと見続けてきたから。
正直好みでない作品もあって、もうついていけないのかと思ってた時期もあったりしたけど
それでも6月のフェスはあの千穐楽までは楽しくてやっぱり大好きでまだまだ観たいと思っていた。
でも千穐楽の日完全に振り落とされたと思った。
悔しくて悲しくて許せないとも思ったけど、それでも諦められなかったし、なんとか許せる部分もあってまた劇場に足を運ぶ事ができた。信頼できる劇団員もいて。
年末初日の観劇を終えたあと「嗚呼本当に観てよかった、諦めなくてよかった」
と思えたことがやっぱり嬉しい。
ずっと大好きで観てきた劇団だから、終わりにしなくてよかった。
もしかしたらまた傷つく事があるかもしれない、でもまたこうやって素晴らしい作品が手を差しのべてくれるかもしれない。
それならこれからも観に行きたい。
話をしたかった数人の劇団員さんとも、あの日から今日までそしてこれからを話すことができて
いつかあんなこともあったねーと笑い話にできる日がくればいいなと思ってる。


先日その劇団とは違う某劇団の新年会と銘打ったイベントにいった帰り
友人の友人で初めましての方と帰りが同じ方向で、二人で観劇の話、演劇人と観劇人の話をつらつらと交わした。
その人は6月のあの日の現場に居たわけではなかったけど、やっぱり思うところは大方同じで。
なんでだろうね、届かないひとにはどんなに言葉を尽くしても届かないのだよね。と。
演劇人は観劇人を甘くみている。
私たちは、それはさ、ただの趣味で好きでやってることでしょと言われたらその通りなんだけど、決して安くはないチケット代を払いチケットを取るためにも最大限の努力をし、当日時間を作って劇場に足を運んでいるのだと言うこと。
一月に何本も、同じ公演を何本も観るそういう人はそう多くはなくて、こんな風に観劇している人がいて。そうでない人がそうなる可能性の低さを考えてみて欲しい。
それは別に私たちを大事にしろと言うことではなくて、
ひとつもないがしろにして良いことなんてないんだよ。
と言うこと。
本当に些細なことでひとつの観劇が台無しになることはあるし、そのたった一回の出来事で離れていく客もいる。
そして、新たなお客様を呼ぶことの大変さは制作をしていれば痛感することでもあるんじゃないかな。
なのにああいうことは起きた。
劇場空間を作るのはステージの上の人たちやスタッフたちの仕事だけではなくて、もうそれはどうしようもなく観客が作る空気と言うものが大きく影響している訳で。
その空間を時間を守りたい。
私は出来るだけ、少しでも多く劇団にお金を落としたいと思ってるし、大好きなものを嫌いになりたくはないし、長く続いて欲しいし、それを見届けたい。
その為に歩みよれるなら歩みよりたいし、商業演劇ではないから作れる関係や空間があると思う。
何が言いたいかよくわかんなくなってきたけど、私は私の好きなものを守りたい。
手離すことは簡単だと思ってたけど、それすら上手く出来なかった、だったら全力で守りたいと思ってしまったのですよ。
私はどこまでこうやって生きていくのか分からないけど、迷いながらも大好きで大切なものの為にいられたらそれがいいな。
まだ暫くはこんな感じで。